今日はデイサービスの仕事でした。

朝起きてから疲れが取れないので辛いのですが、

昨日の岩盤浴がちょっと効いたのか、

毎晩1時間おきに目が覚めるのに昨日は2時間おきくらいでした。

少し楽です。

でも、朝に強いのが取り柄の自分が、ぎりぎりまで布団にいてしまい、

ちょっと出勤が遅くなりました。

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母の認知症のことで、コメントをいただきありがとうございました。

確かに自分は一度、母らしい母に諦めがついたのですが、

不穏の時期を過ぎ、ついついまた母をできる人、尊敬する母、

という視点で見てしまっていました。

実際、PCの操作もできるんです、ビデオの録画も上手。

でも、短期記憶が手の指から溢れるように、

目の粗いざるから水が溢れるように、

驚くような速さで記憶が漏れ出てしまいます。


先日出かける時にボルタレンを飲むのを忘れてしまい、

人と一緒だったので、デイサービスに出かける母に電話で

お願いしてボルタレンを1階の郵便受けに入れてくれ、と

電話をしました。

二つ返事でわかった!と言うのですが、

これは加齢よりも母の性格なんでしょうね、

やりかたを説明していたら、ぶっちんと電話を切られました。

これは認知症になるずっと前から、そうなんです。

で、後から薬を取りに寄ったら、入れてない。

本人に電話したら、デイサービスの送迎の車でご機嫌でした。

薬、さっき電話したのに入れてなかったの?と聞くと、

「覚えてない」

人の脳の働きってアメージングです。


その短期ぶりには感嘆を覚えるほどで、

レストランでメニューを見て、悩んで決めて、

お店の人が来たので言おうとしたら、

別のことを言ってるのです。

そんなことさえも、覚えていることができません。


自分の職場の利用者さんみたいに、まったく意味不明の

言葉を言い続けたり、言葉さえも思い出せない人もいる中で

普通に会話が楽しめる母はまだまだずっと良い方なんでしょうけど、

おかしくないようで実はおかしい、というのは、

巧妙な間違い探しのゲームのように、面倒な部分があります。

認知が進んだ方のご家族よりは楽だけど、

じゃあ、全然辛くないかというと、別の辛さがあったりします。


また、職場で痛感するのは、

かなり頭がしっかりしていて、やれそこが汚れている、

やれそのやり方はおかしいやり直せ、という人よりも、

もうまったく言葉の意味は成していないけど、

無邪気にキャッキャとしている利用者さんの方が、

仕事をする上では楽だったりするんです。


また、これも、実際にリアルの世界で話すと、

倫理やモラルのお話になってしまいますが、

微妙にお元気で、どこかに行ってしまって言うことをどうしても

聞いてくださらない方よりも、動けない状態の方とのほうが、

仕事はしやすかったり、します。

介護の職場を探す時にはある程度「介護度が高い人が少ないところを」

と探してしまいますが、

決してその介護度だけではその施設やその利用者さんの

大変さは判断ができません。


さらには、その要介護度さえも、あまり当てにならないんですよね。

まったく身体を指一本自分で動かすことができず、

胃ろうしている方が要介護4で、5ではなかったり、

この人、どこが悪いんだろう、という方が要介護3だったり。


この介護認定というのがとてもふわふわした形の無いものなので、

いろいろ社会に支障がでているのをご存知ですか?


先日の新聞の記事です。

要介護3、受け入れ敬遠 2割以上に空き

https://mainichi.jp/articles/20170505/k00/00m/040/141000c


みなさんは特養というのをご存知ですか?

特養=特別養護老人ホーム

比較的安い費用で入れる老人ホームで、病院が経営する老健に

比べて、人生の終の棲家にすることができる施設です。

(老健はリハビリが目的なのである程度すると出されます)

よく「待機が多くてなかなか入れない」と言われているのが

この特養なんです。

先日の介護保険法の改定で、この、みんなが入りたい特養に

入れる要介護度が「要介護3以上」になったんです。

これは、介護がより必要な人を優先的にいれなくては、

というところからなのだそうですが、それで支障が生まれたのです。


上に書いたように介護認定の線引は微妙。

多くの特養が要介護3を敬遠するのは、

「もしも要介護3の人が次の認定調査で要介護2よりも軽くなったら?」

ということで、

 要介護3を「将来の退所の可能性を考慮して入所を見合わせる例があるか」との問いに66施設(18.4%)が「ある」と回答。うち6割程度が「次の認定で2以下に下がりそうなら見合わせる」(首都圏の施設)とした。


 

ということなんです。

普通に考えたら、身体の不具合がリハビリなどにより

良くなるのは嬉しいことなんですけど、

複雑な保険制度を利用する中では、良くなると、

今まで使っていたサービスが受けられなくなる危険があります。


また、本当に良くなってそのサービスが使えなくなるのは

仕方がないことなのですが、

ご存知の方も多いと思いますが、

認知症など精神的な疾患は特に、不穏が不定期に出てくるんです。

これは仕事で利用者さんをいつも見ていて思います。

不穏の時期になると、性格だけでなく、顔つきも変わってしまいます。

ああ、こんなに変わってしまったんだ、と思っていると、

また持ち直すんです、これは人間の脳の不思議です。

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以前、介護職の友人に「胃ろうの必要性」で語り合った時。

私は「そこまでして生きているのはどうなんだろう」と言うと、

現場で介護をしていた彼女は、

「それが結構な確率で、胃ろうから元の状態に復活するから、

一概に悪い処置とは言えないんだよ」って教えてくれました。


少し前は「ボケ老人」とか「痴呆」とか呼ばれていた疾患が

「認知症」という表現に変わったのはつい最近です。

なので、まだ制度も発展途上ですし、試行錯誤中なんです。


介護職についてみて、被介護者、介護職、ご家族、

関係する人みんなの足元がまだフラフラしていて、

具合が悪いことを感じました。

難しい問題ですが、長生きというのは人類の夢だったからこそ、

現代の錬金術のように医療が発達した結果の高齢化社会。

長生きした方がそれを後悔することのないよう、

しっかりお世話をしていきたいと思います。


もちろん、母にもそれを悔いることなく楽しく生きて欲しいものです。

 
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