老人ホームで働いているびょうです。

今日は気持ちが焦るのですが、

かなり前から依頼を受けているのにのびのびになっているデザインの

仕事をやっています。

以前は依頼を受けたらすぐに仕上げていたのですが、

意外と夜勤の介護職が辛く、体調も優れない日が増えたので

クライアントさまの、ゆっくりいいですよ、

という言葉に甘えすぎて、全然進めていませんでした。

だんだんその自己欺瞞が自分の心と身体を蝕んでしまったので、

そろそろ、と重い腰を上げたところです。


ところで、今、ネットで論争があっているようですね。

経済的に厳しい人は自炊ができない

 自炊 VS カップ麺  節約できるのは?



これは小池一夫氏がTwitterで、

今の若者はが食費にお金をかけられないのは言い訳だ、

というTweetに対して批判があったのと、

舛添元都知事が貧乏アピールするのにカップ麺を用いたのに対し

都議の方が、カップ麺さえ贅沢と反論したというもの。


元々、小池氏が提示した「妻が作った 鱧のおすまし」ですが、

数百円、と本人がおっしゃっていますが、

それはあくまでも、食器や鍋、調味料を揃えた初期設定の

整ってからの算出方法であり、

ワンルームで台所には何もない、焼き魚でさえ買ってレンチンの

若者の生活とは違うということ。

鍋を買い、おたまを買い、調味料を買い、食器を買う。

さらに言えば、

小池氏の奥様に支払っている生活費なども

既婚の方は加味するべきかもしれませんね。

人に何かしてもらうというのはとてもお金がかかること、

それを妻が作った、で済ませるのは日本の男性の悪いところ。


それではカップ麺は贅沢なのでしょうか。

都議の方は「本当にコストをセーブできるのは米とパスタ」

これはわかります。

芸能人一万円生活、ではいつも小麦粉が大活躍でしたからね。

実際に、お好み焼きやたこ焼きにしても、

粉物産業というのは概して儲かるようです。

実際に、本来のコスト面についても、

カップ麺よりも袋麺の方がお安いですし、

さらには、うどん麺20円なんかを炒めたり茹でたりすると

恐ろしいほどに安いです。


しかし、本当にそれだけで、語ることができるでしょうか。


貧乏、貧困、というのを金銭面からだけ考えるのは

本当に貧困を経験したことのない人だと思います。


貧困というのは確かにお金がない状態ですが、

本当にお金がない生活というのは、

金銭以上に、時間や思考に余裕がない状態なのです。


仕事でクタクタになって家に帰ってきてから、

米を炊けるか、パスタを10分茹でられるか。

時間があったとしても、とにかく早く腹を満たして、

休憩したい、寝たい、明日が来てしまう、きつくて動けない。

貧困の生活というのは思考停止です。

何かを改善すれば今の生活から這い出せると

心のどこかで思っていても、

焦燥感や疲労感、絶望感などが思考を鈍らせます。

とりあえず目の前にあるカップに湯を注いで

お腹を満たして思考を停止して明日へと向かう。


実際、私も、最近は自分と家に残る母に弁当を作ってから

出勤しています。自分で作るものが少し安いし、美味しい。

母の栄養も気になるし。

でも、ちょっと仕事が長引いたり、仮眠したりすると

もう間に合わないのです。

結局コンビニでカップスープやサンドイッチを買います。

炭水化物の量が気になるのと化学調味料で気持ちが悪くなるので

私はカップ麺が食べられませんが、

それがなければカップ麺を抱えて仕事に行っていることでしょう。


そもそも、奥さんに家事を任せている著名人や

秘書や奥さんに家事を任せている議員、

どちらも生活に余裕があるわけで、

低賃金にあえぐ若者や貧困層のことがわかるわけないんですよ。


そういう貧困を経験したことのある人が、

なんとか制度を活用して教育を受けて

政治や行政に携わって欲しいと思うのですが、

結局、政治=金、だったり、

イニシアチブを持つ人が金持ちだったりするので、

貧困を真に救う手立てというのはいつまでも講じられない、

そんな気がします。


そして、カップ麺にしろ米やパスタにしろ、

安価な炭水化物中心の生活をしていると、

ビタミンや蛋白質が欠乏しますので、

最終的には

病気がちになり、

医療費がかかって、そろばんでいうところの、

ご・は・さ・ん。

結局は医師会が儲かるようになってるのかもしれません。



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