介護施設で働いているびょうです。

にほんブログ村
※ブログ村のランキングに参加しています。
タップ・クリックいただけると嬉しいです。

暑い日が続きます。
先日、学校が終わって帰宅途中には
駅前に多くの浴衣の女性がいました。
普通の生活が戻りつつあるような気がしますが、
それはただの気のせいです。
まだまだ注意が必要なのですけどね。
昨日の記事では、一つの悲願だった、
新阿蘇大橋を見たことを書きました。
ここは熊本ICを降りて大津を通り過ぎた阿蘇の入り口。
まだまだ灼熱の太陽が降り注ぎます。
車に乗り込み、早速橋を渡りました。
渡ってしまうと、阿蘇だなあという景色が始まります。
今回は産山村が目的地なのですが、
所々に見える「阿蘇山頂→」という看板がちらつきます。
行きたい。
せっかくここまで来たから、行きたい。
誘惑に負けて、阿蘇中岳火口の方向にハンドルを切りました。
途中の草千里からは阿蘇中岳の噴煙が見えます。

昔は古めかしいお土産屋さんなどがあった
懐かしい場所です。
その昔はロープウェイもありました。
震災後、ロープウェイは無くなり、
震災で被害を受けた神社は取り壊しになり、
跡形もありません。
建物のドアのところに手書きで「あとぜき」と
書かれていたのが可笑しくて写真に撮ったことも覚えています。
「あとぜき」とは、熊本独自の言葉で、
ドアや扉を開けた後に閉める、ということ。
地元では好きな言葉の上位に輝く大切な言葉です。
その建物が見たくて、一路、車を走らせました。
そして、見慣れない光景が。

いつもはここが閉まっていて、火口には上がれませんでした。
噴火レベルが上ってとても火口に近づけないことが多かったです。
私が前に上がったのは10年前です。
その当時の火口はこんな感じでした。

その後、何度も噴火を経て、今の姿はこんな感じ。

火山ガスが充満しているため、呼吸器障害や心臓が弱い人は
来ることができません。

火口近くは草木が生えない厳格な雰囲気です。

次第に草が映えるエリアになりますが、木はずっと向こうまで
ほとんどありません。
阿蘇らしい風景です。
たぶん私がタイミングを逃していただけで、今までにもいい時期には
火口に近づくことができたのかもしれませんが、
年に何回も行っててかれこれ10年。
10年ぶりにまた会うことができた阿蘇の素晴らしい風景。
これもまた悲願達成です。
途中、阿蘇の象徴のひとつである米塚も通りました。

お椀を返したようなぽっこりした可愛い姿です。
高さ80メートルの火山。
震災の時に亀裂が入ってみな心配しました。
大きな地震、大雨による浸水被害、火山の噴火、
度重なる試練を経て、なお、私達の心を掴んで離さない、
素晴らしい自然の風景です。
写真で残している回数は僅かですが、
父の存命のときにも行ったし、母とはちょっとそこまでと
出かけては、阿蘇に着いちゃったと笑って一周して
帰ったりもしたので、こんな回数ではありません。

大切な友達は残らず連れてきました。
このあたりは気温が27度でとても過ごしやすかったので
また近いうちに母を乗せて来ようと思います。
ランキングに参加しています。
よろしければバナーをクリックいただけると嬉しいです。

にほんブログ村

にほんブログ村

にほんブログ村

シングル介護ランキング

アラフィフ日記ランキング

にほんブログ村
※ブログ村のランキングに参加しています。
タップ・クリックいただけると嬉しいです。

暑い日が続きます。
先日、学校が終わって帰宅途中には
駅前に多くの浴衣の女性がいました。
普通の生活が戻りつつあるような気がしますが、
それはただの気のせいです。
まだまだ注意が必要なのですけどね。
昨日の記事では、一つの悲願だった、
新阿蘇大橋を見たことを書きました。
ここは熊本ICを降りて大津を通り過ぎた阿蘇の入り口。
まだまだ灼熱の太陽が降り注ぎます。
車に乗り込み、早速橋を渡りました。
渡ってしまうと、阿蘇だなあという景色が始まります。
今回は産山村が目的地なのですが、
所々に見える「阿蘇山頂→」という看板がちらつきます。
行きたい。
せっかくここまで来たから、行きたい。
誘惑に負けて、阿蘇中岳火口の方向にハンドルを切りました。
途中の草千里からは阿蘇中岳の噴煙が見えます。

昔は古めかしいお土産屋さんなどがあった
懐かしい場所です。
その昔はロープウェイもありました。
震災後、ロープウェイは無くなり、
震災で被害を受けた神社は取り壊しになり、
跡形もありません。
建物のドアのところに手書きで「あとぜき」と
書かれていたのが可笑しくて写真に撮ったことも覚えています。
「あとぜき」とは、熊本独自の言葉で、
ドアや扉を開けた後に閉める、ということ。
地元では好きな言葉の上位に輝く大切な言葉です。
その建物が見たくて、一路、車を走らせました。
そして、見慣れない光景が。

いつもはここが閉まっていて、火口には上がれませんでした。
噴火レベルが上ってとても火口に近づけないことが多かったです。
私が前に上がったのは10年前です。
その当時の火口はこんな感じでした。

その後、何度も噴火を経て、今の姿はこんな感じ。

火山ガスが充満しているため、呼吸器障害や心臓が弱い人は
来ることができません。

火口近くは草木が生えない厳格な雰囲気です。

次第に草が映えるエリアになりますが、木はずっと向こうまで
ほとんどありません。
阿蘇らしい風景です。
たぶん私がタイミングを逃していただけで、今までにもいい時期には
火口に近づくことができたのかもしれませんが、
年に何回も行っててかれこれ10年。
10年ぶりにまた会うことができた阿蘇の素晴らしい風景。
これもまた悲願達成です。
途中、阿蘇の象徴のひとつである米塚も通りました。

お椀を返したようなぽっこりした可愛い姿です。
高さ80メートルの火山。
震災の時に亀裂が入ってみな心配しました。
大きな地震、大雨による浸水被害、火山の噴火、
度重なる試練を経て、なお、私達の心を掴んで離さない、
素晴らしい自然の風景です。
写真で残している回数は僅かですが、
父の存命のときにも行ったし、母とはちょっとそこまでと
出かけては、阿蘇に着いちゃったと笑って一周して
帰ったりもしたので、こんな回数ではありません。

大切な友達は残らず連れてきました。
このあたりは気温が27度でとても過ごしやすかったので
また近いうちに母を乗せて来ようと思います。
ランキングに参加しています。
よろしければバナーをクリックいただけると嬉しいです。
にほんブログ村
にほんブログ村
にほんブログ村
シングル介護ランキング
アラフィフ日記ランキング
コメント
コメント一覧 (6)
夏休みに車で九州一周、した事思い出しました。青春18切符で関東から。岡山のホームで顔洗ったり、新鮮で。友人宅は豪快な九州人で。何を喋ってるのか全くわからず。かなりのもてなししていただいて。私はひよっこで馬刺しは食べられない、ろくろ回しで寝る、チャーターしてくれた伝統的な船で船酔い。でも素敵な思い出。阿蘇山見て思い出しました。
土地の言葉って素敵ですね。外国語なみに解らないけれど。母を実家に連れて行けたらいいのに。と思いました。
「地元の人が好きな方言」に入っているとのことで、それが書きたかったのですが、紛らわしくて済みません。
少しでもお母様と思い出を共有できたらと思います。
素敵なお写真をありがとうございます!
阿蘇出身なので、久しぶりに見る故郷の風景に胸を打たれました。
毎年帰省していましたが昨年と今年はコロナで帰れず、両親にも会えず…
びょうさんの阿蘇についての温かい思い出話にもジーンときました。
素敵な思い出のお裾分けをありがとうございました🌸☺️
素敵なところのご出身ですね、羨ましいです。
当日は27度で爽やかで最高の気候でした。
阿蘇の風景を見ると、普段の悩みがとても小さく思えるので大好きです。
コロナで帰省できないのは辛いですね、しかも2年目ですし。
ご両親も寂しく思われているでしょうね。
でも、阿蘇はずっとずっと変わりませんし、山が空が、首を長くして待っていると思います。早く帰れるようになりますように。