先日、「巨悪の時代を逞しく生きる」と書いたばかりですが、このところ少し心が折れています。
急に始まった暑さのせいだけではありません。
ニュースを見るたびに、「もう元には戻れないのではないか」と感じる出来事が続いているからです。
私が以前から危惧していた法案が成立し、さらに皇室制度に関わる議論も進んでいます。
一つひとつの出来事を見ていると、「これは本当に国民が望んだ方向なのだろうか」と考え込んでしまいます。
もちろん反対の声は上げます。
選挙にも行きます。
できることは続けます。
でも正直なところ、「止められるのだろうか」という無力感も、以前より強くなりました。
野党にも期待しきれず、政治そのものへの信頼が少しずつ失われていく。
そんな感覚があります。
こんな時に、あの人がいたら。
そう思ってしまう政治家が私にはいました。
すべてに賛成だったわけではありません。
それでも、国民の疑問に正面から向き合い、自分の言葉で説明しようとする姿勢には信頼を感じていました。
だからこそ、その存在感が薄れていく今、とても心細く感じています。
本当によく勉強なさっていたし、俳優時代も好きだったけれど
それ以上に人間的に大きく成長なさったと思います。
もちろん、表に立つ人には私たちには見えない苦労があるのでしょう。
どれだけの妨害があったか考えも及びません。
ただ、置き去りにされた赤子のような絶望感はあります。
最近、スポーツや娯楽のニュースが流れていても、私は以前のような気持ちでは見られなくなりました。
「私には今、その余裕がない。」
それが正直な気持ちです。
だからといって、日常が止まるわけではありません。
仕事には行かなければならない。
母にも会いに行く。
洗濯もしなければならない。
生活は、どんな気持ちでいても続いていきます。
だから私は最近、一つの区切りを心の中でつけることにしました。
私が信じていた日本は、もう終わった。
そう思うことにしたのです。
もちろん、日本という国がなくなったという意味ではありません。
私が心のどこかで信じ続けていた、「きっと最後は正しい方向へ向かう国」というイメージに、自分なりのお葬式をしたのです。
悲しいけれど、受け入れる。
そのうえで、これからを生きる。
今の私には、それしかできません。
私という途中経過
人は、ときどき心の中でお葬式をします。
失った人だけではありません。 信じていたものや、未来への期待に別れを告げることもあります。
私の中では、それが「日本」でした。
それでも朝は来るし、仕事にも行く。 花は咲き、映画を観て、母と笑う日もあるでしょう。
だから私は、小さくても、自分の足元を大切にして生きていこうと思います。
それもまた、私という途中経過。
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